題名のない読書感想文

最後に題名書いちゃう。

1冊目

 

今は大体の情報をSNSで得ることのできる時代だ。私も、好きなバンドのライブの日程とか美味しいご飯の作り方とか、大概の情報をTwitterInstagramで得ている。

友達の近況もSNSで把握できる。結婚した出産した、転職した旅行へ行った…久しく会っていない友達、遠くに住んでいる友達の近況も、片手に収まる小さな画面の中で知る。

 

 

恋人ともSNSを通じて出会う時代になった。マッチングアプリとやらを通じて結婚した職場の先輩もいる。一昔前は出会い系と呼ばれていたような内容(使ったことがないのでわからないけど、そうらしい)のアプリが、今は出会いのツールの一部として定着しつつある。

今回読んだ本の主人公の男の人は、そうしたSNSではないが、バイト先に置いてあった雑誌の中からとある女性のメッセージをみつけ、彼女と文通をはじめる。

のちにその女性は彼にとって生涯忘れることのない人になる。出会って愛し合って一緒に時を過ごすが、何気ない会話を交わして普通に別れたはずのある日から2人は2度と会うことはなかった。別れてから十数年後、主人公はFacebookでその女性の名前を見つける。彼女は彼のしらないところで家庭を築いていた。

主人公はそのFacebookを見て、彼女と過ごした日々を回想する。物語は彼の過去と現在を織り交ぜながら展開していく。

 

 

私の友人にも、某SNSで出会った忘れられない人がいた。

彼女は、新卒で入った職場の様々なストレスから、日常生活もやっとこさ送るような状態が続いていた。いつもなにかが足りてない気がしていて、毎日「はやく辞めたい」しか考えていなかったそうだ。そうした愚痴を誰かに話すことも、こんなの聞かされた相手はめんどくさいよな、自分が甘ちゃんなんだろうな、と思ってできなかった。

ある年の冬も、彼女は春に転職が決まっていたため、相変わらず「はやく辞めたい」しか考えていなかったし、転職に対する不安もあって「毎日がなんとなくつらかったんだよね」

 そんな中出会った彼は、友人と同い年で、仕事の話を楽しそうにする人だったそうだ。彼が自分の仕事の話をするときの顔が好きだったという。きっと彼にも嫌な事も大変なこともたくさんあったんだろうが、毎日「辞めたい」と考えていた彼女には彼が輝いて見えたし、「私もこんな風に仕事を楽しめる人になりたい」と純粋に彼を尊敬した。

流暢に話すのが苦手な彼女をせかすこともなく、かつ話したことはずっと覚えていてくれていて、彼のそういうところも彼女は好きだった。

何度か一緒に出かけもしたし、お互いの恋愛観や結婚観についても話をした。2人ともお付き合いしている人はいなかったし、彼女は 彼の特別になりたいな、と次第に思うようになった。

 

けれどそれを伝える勇気はどうしても出なかった。よくある話だが、言ってしまって関係が壊れるのが怖かった、という。

自分の本当の気持ちを言えないまま過ぎる日々の中で、彼女はだんだん彼の優しさが辛くなった。「好きでもないなら、なんでそんなに優しくするの?」

 

彼と会った帰り道、LINEで問いかけた。

彼からは『気にはなってるし、普通の人とは違う。だけど、正直自分の気持ちが分からない。』

「喜んでいいんだか悪いんだか」と彼女は言い、「今思えば、自分勝手な内容送っちゃったよね」と苦笑いを浮かべた。

 

それ以降2人は疎遠になった。その後送ったLINEも既読がついたまま返事はないらしい。

 

たぶん彼らの関係はもう終わっているし、彼女も「友達にももうきっと戻れないんだろうね」と言う。

 

これから何かが始まることはないとわかっていても、今でも彼女は彼のことが好きだ。

『仕事を楽しんでやってる人っていいよね』と彼は言っていたそうだ。彼のその言葉と、仕事の話を楽しそうにする彼のように自分もなりたいという気持ちのおかげで、彼女はいま「仕事、楽しくなってきてさ。」と笑う。

 

大げさでもなんでもなく、彼の言葉によって、少しだけかもしれないけど、確実に彼女の人生が進む向きを変えた。彼と出会う前、彼女は自分が好きじゃないとずっと言っていた。しかし今の彼女は「仕事も頑張れてて、今の私結構好きかもしれない。」

彼女を笑顔にしたのは間違いなく彼のおかげだ。

 

「でもさ、もう直接ありがとうを言うこともできないんだよね。恋人になれないならなれなくてもいいし、友達に戻れなくてもいいけど、君のおかげで私は自分を好きになれたよって伝えたかったな。」

先日久しぶりに会ったとき、彼女はこう言っていた。

「まだ全然好き。あれ以降、彼を越える好きな人に出会えないんだよね。でももう、しょうがないかなあって。このまま1人でもいっかあ、みたいな?笑」

  

彼女が彼と交わした最後の言葉は「またね」だったのに、もう「また」はない。

本の主人公も、次の日から会えなくなるなんてちっとも感じられないような言葉で、彼女と分かれることになる。

 

 

SNSによって窮屈になったこともたくさんある。けれども出会いは以前より自由になった。それによって色々な弊害は生まれているけど、SNSがなかったらきっと出会うことのなかった人によって、友人の人生は変わった。出会わない方が良かったと思ったことは1度もないそうだ。「むしろ出会えて本当によかったよ。」

 

 

 

長々と書いてしまったが、この本は読んだ人それぞれの大事な人を心の底から抉り出してくるような、鋭さと優しさをもった小説だ。誰にでもあるような人と人との繋がりや情景が、作者以外では書けない文章で記されている。

文通 が年月を経て Facebook に代わり、 青年 だった主人公も 中年 になり、様々な変化がある中で、主人公の中の彼女の輝きは変わっていなかったんだろうな、と思った。何億もの人々が暮らす場所で、それだけの人に出会えることは幸せなのかも知れない。

 

 

 

 

 結局何が言いたいのか自分でもよくわからないけど、このブログはそういうことを書くところなので勝手によしとします。

最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。

 

 

 

●1冊目

ボクたちはみんな大人になれなかった

ボクたちはみんな大人になれなかった

 

 

 

 

 

 

はじめに

 

 

「あとがき」があるのと同じように、本によっては作者の「はじめに」や「まえがき」があったりする。

「あとがき」とするなら「まえがき」が正しいのかもしれないけど、私は「はじめに」という響きがなんだか好きなので、このブログの始まりも「はじめに」にしようと思う。

 

 

私は生まれも育ちも東京の20代女性、平日はいち会社員として働いている。音楽活動もしていて、所属するバンドではキーボードなどの鍵盤楽器を担当している。

 

父が本が好きな人で、生まれた時からたくさんの本がそばにあった。母は、私と3歳下の妹が生まれてから読み聞かせするために絵本を集めはじめ、今でも古本屋などで気に入った絵本を見つけては買ってしまうそうだ。

実家にある6畳の一部屋は、ありとあらゆる本棚、押し入れ、なんなら床まで本でいっぱいになっていて、そこを私達はなんの工夫もなく"ほんべや"と読んでいる。

 

本を読んでいるとき、話の内容に熱中することもあるが、だいたいは読んでいる間に色々なことを考えている。自分の仕事のこととか、バンドのこととか、はたまた好きになった人のことや、友達のこと…。

出てくる主人公に重ね合わせたり、読んでいる間にふと浮かんできたり状況は色々だが、それらを考えながら読み、読み終えてしばらくすると、考えた記憶はあってもそれぞれどの本を読んだ時に何を考えていたかは忘れてしまう。

せっかく本を読んで色々なことを考えたなら、それを何かに残しておきたいと思った。ただ、ノートに書くには曖昧すぎるし、大層なことを考えているわけでもないので、気軽に書けるかなと思ってブログにしてみることにした。

 

私にとって読書感想文は、宿題か何かをきっかけに本を読んで、おおまかなあらすじと本の内容に沿った感想を決まった文字数で紙に書く、あまり面白くないものだった。

もう大人になったから宿題も出ないし、本を読んで内容と全く違うことを考えても誰にも何も言われない。自由に、ときに全く関係の無いことを交えながら、だらだらと私なりの読書感想文を書いていこうと思う。

 

はじめにタイトルを書いてしまうとその本に対する感想文という感じが強くなってしまう気がしたので、題名は最後に書いておく。

思い出にタイトルはないけど、その思い出を引き出すタイトルだったり、曲名だったりは結構あると思うんだよね。

 

 

今気づいたけど、タイトルをサブタイトルで瞬時に嘘にしちゃってるね。

 

 

さて、続くのだろうか。

 

 

 

Twitter: @hnkbd_inunn